2015年7月13日月曜日

北半球一の風俗街東莞を壊滅した中国当局の思惑:

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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年07月13日(Mon) 
 富坂 聰 (ジャーナリスト)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5152

北半球一の風俗街東莞を壊滅した中国当局
富の再分配を担っていた売春婦たち

『中国 狂乱の「歓楽街」』(KADOKAWA/中経出版)上梓 緊急寄稿


 かつて原稿にも書いたことだが、
 中国における変化はたいてい広東省から始まる
 これは産業の構造転換から風俗にいたるまで不思議なほど一致する現象だ。

 新中国の歴史を見ても、清王朝を倒した国民党、文化大革命後の市場経済化の流れを決定づけた南巡講話、それに先立つ経済特別「深セン」の誕生と「深セン」がもたらした変化。
 そして2007年に広東省が宣言した経済の構造転換はその5年後に全国の課題となったことなど挙げればきりがない。

 政治的な変化の多くが北京からの発信によってもたらされたのに対して民間から起こる社会の変化の波は、圧倒的に広東を震源として広がるのだ。

■風俗産業の盛衰を体現した東莞

 なかでも象徴的なのが風俗産業の衰亡である。
 衰亡といえば少々大袈裟に過ぎるが、その発展と衰退の画期がともに広東で確認されたという点に疑いはない。

 盛衰の転換点は、その国・地域の発展段階と密接にかかわっている。
 かつて〝売春ツアー〟の言葉を生んだ台湾旅行は、いまや若い女性に高い人気を誇る。
 台湾=売春のイメージが崩れるきっかけは台湾の経済発展と国民党から民進党への政権交代であったというような関連である。

 中国において、この変化を一身に体現した都市を一つ挙げるとするならば、それは間違いなく深センに隣接する都市・東莞市となることだろう。


●摘発された東莞の風俗店(ChinaFotoPress via Getty Images)

 その東莞に激震が走ったのは2014年2月9日のことだ。
 9日午後東莞各所で待機していた警官約6525人が、ターゲットに定めていたKTV(カラオケ・バー)やホテル、サウナ、マッサージ店など12施設を皮切りに全市の風俗店に一斉になだれ込んだのである。
 この手入れで最終的に当局は「計1948の娯楽施設の捜査を行い、162人を審査のために身柄を拘束した」(広州市政府新聞弁公室の運営するミニブログ)という。

 いわゆる「東莞の36時間」と呼ばれる大捕り物が幕を開けた瞬間だった。
 この歴史に残る大摘発事件が中国社会の空気を大きく変えてしまう働きをした背景には、いくつかの理由があった。

 まず指摘されるのは、東莞がいつのまにか北半球一の歓楽街を自認するほどの風俗産業の一大集積地となり、香港やマカオさえ霞むような存在となり、かえって二つの地域から出稼ぎの女性たちが流れてくるようになっていたことがあった。
 このなかには香港やマカオを経由した日本女性も少なくなかったといわれている。

■金さえ出せばなんでもあり 
「東莞ISO」「東莞モデル」

 しかも「東莞にない遊びはない」といわれるほど金次第ではどんなニーズにも応えられると信じられていた。
 実際、摘発対象となった五つ星ホテルの常時ワンフロアーが、そうしたスペースとして利用されていたことも明らかになり、金額も青天井なら、遊びのバラエティーにも限界がないという感覚は、「東莞ISO」とか「東莞モデル」という言葉が定着してしまうまでに浸透していたものなのだ。

 そもそも社会主義を掲げて閉鎖的な中国では、建前として女性が同じソファーに座ってお酌をすることも禁じられているのだが、東莞ではラスベガスのネオンにも匹敵する大きな施設が次々に建てられるまでに大胆になっていたのだ。

 東莞に43ある各鎮にこうした施設を持つ五つ星ホテルが二軒から三軒もあり、それぞれ「東莞ISO」をクリアした女性を抱えていたということは
 簡単に見積もっても市内には100万人規模の女性たちが風俗産業で働いていた
と推計されているのだ。
 この現実を目にした者はみな「東莞で時間が逆流することはなどない」と信じていたとされる。

 人々が抱いたこんな思い込みを打ち砕いて大摘発が敢行された翌日から、スマホなどの移動データを集めたビックデータでは、東莞から上海や北京といった別の大都市に移動する大量の人の情報が映し出されたともいわれる。
 そんな大きな変化だったのだ。


●風俗産業の摘発で東莞市も衰退してしまうのか(iStock)

 100万人からの女性が東莞から逃げ出すだけでなく、産業に従事していた者たちも東莞を離れた。
 こうした人々の消費が失われた東莞は、それだけでGDPの15%〜20%が失われたともいわれた。
 それだけに政治的な意図も勘ぐられ、巷にはポスト習近平最有力の呼び声が高い胡春華を「潰すため」とか、逆に「胡春華がポイントを稼ぐためにやった」という説が流れた。

 いずれの説も決定的なファクトをともなって語られることはなかったが、こうした話が出ても不思議ではないのは、
 この大摘発がCCTVの行った潜入取材をきっかけに始まったこと、
 しかも放送日の午後に一斉に警官が動員され、
 さらには摘発後に中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』紙上でわざわざ〈(東莞摘発の)是か非かを問う〉と題する社説が掲載される
というように政治との連携が疑われるような動きがさまざま見られたからであった。

 政治の思惑が働いたのか、それとも思惑を慮ったのか——。

 大摘発は日ごろ東莞とは無縁の人々を巻き込んで大きな論争を国内で巻き起こすことになったのだが、ネットの世論を見る限り、摘発に否定的な意見が目立ったのは興味深いことであった。
 摘発に消極的な意見のほとんどは、「こんなことに力を注ぐ暇があるなら、もっと大きな問題に取り組め!」とか「弱い者いじめをしないで巨悪ともっと本質的な問題にメスを入れろ!」という内容だった。

 こうした声の背後にあるのは、売春はたしかに問題だが、それでも北京、上海、深セン、広州といった都会に出てきている売春婦たちは、ほとんどが貧しい農村の出身者で、彼女たちが稼いだ金を地方にせっせと仕送りするシステムは、さながら心臓に集まった血液を再び末端へと運ぶ〝動脈〟のような役割を果たし、ひいては格差是正にも一役買っていたと考えられていることにあった。

■「母乳健康法」で貧しい女性が救われる?

 格差という厳しい現実を見ればこそ、現実的な作用を考慮すべきという考え方だ。
 事実、こうした問題は売春を通してだけ見られるものではない。
 たとえば、2014年ごろから少しずつ広がりを見せている一つの健康法の一つに「母乳健康法」というものがある。
 これは母乳に含まれる免疫力に注目したものであるが、金持ちのサークルを中心に各地で「母乳パーティー」なるものが会員制で催されているというのだ。
 すでに多くのメディアでも取り上げられ、レストランのメニューにも「母乳アワビ」といった品目が登場するほどのブームになっているのだ。

 この健康法に対して、やはり問題視する声は国内でも高まっているのだが、現状では法的な問題を見つけることもできないとして放置され続けている。

 一方の母乳健康法肯定派は、これが取締りの対象になっては困るとばかりでメディアに露出して反論を試みているのだが、その主張の大半は、
 「母乳により貧困層の女性が助けられている」
というものだ。
 事実、貧困女性が自ら母乳を売りたいとネットで呼びかけるケースも目立ち始め、ウインウインの関係であることをうかがわせる現象も目立ってきている。

 建前か、本音か−−。
 下半身問題をめぐる中国国内の論争にはまだまだ決着がつきそうにない。



現代ビジネス 2015年08月02日(日) 週刊現代,鈴木智彦
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44412

富裕層と権力者の欲望を満たす裏マーケット。
100万人の娼婦がいた「性都」の深い闇
富坂聰『中国 狂乱の「歓楽街」』/評者:鈴木智彦(ライター)

性都とは、つまりセックスの都である。

 語感から連想するのはフリーセックスやLGBTでないだろう。
 事実、性の都と呼ばれた中国・東莞は世界一の売春都市だった。
 香港や深圳近く、マカオとストレートに繋がるこの都市には、全盛期、高級コールガールから末端の娼婦まで、ピンからキリを合わせて100万人の売春婦が蠢いていた。

 カラオケボックス式のナイトクラブ(KTV)元経営者はこう豪語する。

 「どんなサービスでもできますよ。
 しかし『お値段もいただきますよ』というのが東莞のスタイルだったんだ。
 世界の金持ちたちが集い、世界一の遊びを満喫する。
 それが東莞という街だったんだよ」

 顧客第一の徹底した性サービスは、のちに東莞スタンダード、東莞モデル、東莞ISOなどと評されるほどだった。
 売春が違法な中国で、東莞は性産業特区になったのだ。

 本書のテーマは性都の潜入ルポではない。
 2014年2月、これまでにない大規模な掃黄(黄色は日本のピンク産業に相当)により、パラダイスは突然に終焉を迎える。
 中国の公安は
 「100万人の娼婦が暮らしていた街をわずか36時間で滅ぼしてしまった」
のだ。

 中国取材のエキスパートは抜け殻となった性都を訪れ、黄ばんだ痕跡を拾う。大金をつぎ込んで美貌を手にし、豪勢をブログでさらけ出す愛人やそのパトロンを追いかけ、大国の裏に広がる性事情をめくって見せる。
 広がる格差は富裕層相手の母乳ビジネスをも生み、権力者が求める野味(野生動物料理)市場には、密猟されたジャイアントパンダさえ流通するようになった。

 「国家として中国自身がこれを容認していることはありません。
 (中略)貧困層の人々が、自分が生きていくために動物を獲ったり売買したりすることを躊躇うことなど絶無でしょう」

 地方では若い女性の遺体さえ死者の花嫁として売買されるという。
 中国の裏マーケットで買えないのは、もはや不老不死だけだ。

すずき・ともひこ/'66年生まれ。
実話誌編集長を経てフリー。『我が一家全員死刑』『ヤクザと原発 福島第一潜入記』他

『中国 狂乱の「歓楽街」』
著者:富坂 聰 KADOKAWA:1200円
とみさか・さとし/'64年生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。『中国 無秩序の末路』『中国人民解放軍の内幕』他多数




中国の盛流と陰り



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